映画「ジャンパー」の主演
ヘイデン・クリステンセン(シスの人)を、
ランス・ヘンリクセン(TVドラマ「ミレニアム」とかの人。渋爺。)と勘違いしてて、凄い期待し損だった。
自分の中で勝手に「デッドゾーン」風の渋い主役の渋い話になってたんだけど、反動で実物が凄く軟派に見えて仕方が無い。
製作者には別に何の落ち度も無い訳で正直申し訳無い気持ちだが。
ファミコン世代はゲームと現実の区別が付かないだとか、
色々そう云う小言を言われ続けて来たせいで無駄に世を儚み、上の大人の世代との隔たりを感じつつ成長して
結果今の様な混乱の現代にもガンダムだなんだと云った話題しか興味を持たず永遠に炬燵兵法してる人々が居る訳ですが、
仕事してると実際ゲーム的な表現に於ける「レベルアップ」と云うやつが普通に在るので困ります。
それは決して私が上記の様なボンクラ世代で、ゲーム脳で、ノーライフキングだからではありません。
絵に対する精神論的な事とか、ここでは他の話題同様一切役に立つ物は書かれないので省いて考えて頂きたいのですが、
少なくとも絵を描く仕事をしていると、最小限の量の勉強しかしてないとしても
確実に、そして自分で見て明らかにそれと感じる「レベルアップ」の瞬間があるので面白いです。
本当にこの前と全然違う感じが唐突に来たりするんで、パララパッパッパッパー! と云う感じです。ほんとに。
或る意味で実生活上の成果をゲーム的な感覚にコンバートして受け取っているって事になるんでしょうか。
絵を巧く描くにはどうしたらいいのか、とは良く世間でも言いますが、
私が会ったさる巧い方に拠れば、ただ単に多くの量をずっと描いていれば巧く描けるのに、
多くの人間はそれをせずただ巧く描きたい等と言ってるだけ、らしい。
私は真実の核心は分かりませんが、少なくとも他人の依頼を受けてそれをこなす事
即ち仕事でそれをやる事に於いてはその言葉はかなり正しい事なんだろうなと今までからも実感して思います。
ただの自主的な絵を描く事と、仕事で依頼されてる物を期限までに描いて納入する事、
この違いは貰える経験値の差で説明すると分かりやすくなる気もします。
ウィザードリィでは、敵に因って貰える経験値の大小の差は、モンスターから受けるプレッシャーの差、
敵から受ける危険、困難さと、それを跳ね返して倒す事で感じる達成感、自信に拠って相対的に決まってるのだ、と説明してます。
(「ウィザードリィのすべて」の解説を参考。)
まあ、別にどうでもいいんですが、
今のネット文化の方向性とかからするとかなり反した意見かもしれないけど、
矢張り、プロか否かのラインはしっかりしてて欲しい気持ちがどこかで有ります。
それが無ければプレッシャーの甘い方、すぐ逃げられる気軽で大丈夫な方にシフトし続けて行くだろう事は明白だし。
裾野は見渡す限り広くあっていいけど、ここからは死ぬ気で上がって来い、と云うラインが無ければ頂上が無い平野になってしまう。
そういった景色の場所に私たちは愉快な笑いや、吹いたら負けや、意外な才能の発掘を見る事は出来るだろうケド、
畏怖して命知らずが命賭けで挑むような、そう云う尊敬を求められるだろうか。
私はホントに業界の事とか知らないし、業界に対して尊敬もあんまり持ってない方だけど、
今後もプロの方々の居る場所がそう云う高い所であるのならどんな事があっても安心していいんだと思う。
だがそうでなく、下へ下へと降り続けて行くのならいつか非プロの才能と逆転し、なんでもええやん、が蔓延するかも知れません。
そうなったら、大変だね。
今でもサイトでCG載せてる人でプロどころか異常に巧い素人の人も沢山居ますけどね。
でも、そう云う人は何故か皆同じ様な絵なんですよね。
私は素人なので絵の事は良く分かりませんが。
昨日うっかり朝までファミコンのプレイ動画観てて止まらず。昼に就寝しました。
しかもよりによって
「ゴルゴ13」「逢魔が刻」「キョンシーズ2」「シャーロックホームズ伯爵令嬢誘拐事件」等
堂々たる天下のダメゲーばっかり。
凄い勢いで完膚なきまでの時間の無駄。
でも一応原稿はしっかり描けてるので良しとしておこうと思います。
知人の大先生が某大手出版社のパーティーに行くのに供で誘われてたんだけど、
私はまだ生ヒロヒコを見れる立場では無いと思ったので断りました。
めんどくさかったのもある。
アレ国の二巻のまんが部分以外の内容はまだ殆ど未定です。
もしかしたら何も無い(つうかそれが普通)になるかも知れません。
今の内に要望とかを何かに書いたりどこかに送っといたりするのも良いかも知れません。
その内どこかにそう云う御意見を寄せられる場所が出来るそうなのでその時はまた是非御願いします。
そんなかんじです。